問われる使用者責任

弁護士による解説

近時、本紙を含めあらゆる媒体で、物流業界に関し、労務関係の話題が多く取り上げられています。2024年問題はもちろん、ハラスメントや解雇の問題は、常日頃から経営者の頭を悩ませるものであり、当然のことだと思います。一方で、それ以外の法的問題の話題は少ないように思いました。そこで、私は少し異なる話題を取り上げてみたいと思います。また、物流業界で人材を確保するにはどうすればよいか、そのような視点でも考えてみたいと思います。
(事案の概要)
今回取り上げる事案は、トラック運転手Aが、勤務先の運送会社に対して、A自身が起こした交通事故の賠償金を請求したというものです(最判令和2年2月28日最高裁判所民事判例集74巻2号106頁)。
トラック運転手Aは業務でトラックを運転中に交通事故を起こしました。死亡事故であったため、遺族から損害賠償請求訴訟が提起されました。その結果、Aが遺族に損害賠償金1500万円を支払うべきとの判決が出て、Aはそれを支払いました。その後Aは勤務先に対し支払った1500万円は本来会社が負担すべきだとして求償請求の裁判を提起したのです。高等裁判所は、Aによる請求は認められないと判断しました。Aがそれを不服として上告し、最高裁判所で判決が出されたのが本件です。このように被用者から使用者に対して求償するケースは逆求償とよばれますが、本判決まで逆求償に関する最高裁判例はありませんでした。本判決は逆求償に関する初の最高裁判例となります。
 結論から申し上げますと、最高裁判所はAによる逆求償を認めました。最高裁は結論を導くために使用者責任の趣旨をあげています。使用者責任とは民法七一五条に規定されているものです。最高裁は、使用者責任の趣旨について、「使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にある」ことや、使用者が「事業範囲の拡大により第三者に損害を生じさせる危険を増大させている」ことに重点を置いています。これは報償責任などと言われているものです。
 最高裁のいう「使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にある」というのはおわかりいただけると思います。利益を得られるのだからリスクも負えということです。この理論を徹底してしまうと、使用者がどこまでリスクを負うべきかが不安になってしまうところです。もっとも、この点に関しては、保険等に加入することによりリスクに備えることができます。皆様も保険による備えはなされていることでしょう。
次に、「事業範囲の拡大により第三者に損害を生じさせる危険を増大させている」という点はどうでしょう。物流では、事務作業メインの業界とは異なり、交通事故はもちろん荷役作業でも第三者に損害を生じさせてしまう可能性が高い業界です。事業を拡大すればするほど事故に遭遇するリスクは高まるともいえます。もっとも、この点についても、安全性を高める設備投資やその他の対策によりリスクに備えることができます。
 では、判決は物流事業者にもっと資金を投入してリスクを回避しろと言っているのでしょうか。
この最高裁判例の補足意見では、次のような興味深い言葉が述べられています。「貨物の円滑な流通は、我が国における経済活動及び国民生活の重要な基盤であり、貨物自動車運送業は、その流通の中心的な役割を担うものであるから、その健全な発展を図ることは、我が国社会にとって重要な課題である」、「事業者である使用者に対し(中略)十分な損害賠償能力を求めることは、(中略)この事業の継続に必要な運転者の確保に資するという意味でも重要な意義がある。」
私なりの解釈をしますと、物流が我が国の経済活動や国民生活の重要な基盤であるからこそ、人材が確保されなければならず、そのためには事業者が損害賠償のリスクに十分に備えをし、従業員が安心して仕事できる環境を整えなければならないと言っているのです。判決は物流の人材確保にも考えを巡らせてくれているように思います。
さて、本判決の補足意見でも述べられていますが、従業員であるドライバーは仕事での運転に関し自ら任意保険契約を締結できる立場にはありません。会社が保険契約を締結しなければ、いつ損害賠償責任を負うかわからない状況で仕事をせねばなりません。今後は、会社がどこまでリスク回避に備えているかという事情も事案の結論に影響を与えると考えられます。
判決は逆求償を認めましたし、事前の備えとして保険加入や安全設備等の投資があることもわかりました。これらが物流事業者に負担となるだけではなく、それが人材確保につながるのだと判決は示唆しています。そういう視点を持つ事業者のところに人材が集まるのかもしれません。今後、業界で様々な意識が変わり、経済の基盤である物流に人材が集まる時代へと変化していけばと願います。


執筆者 弁護士青木秀樹(第一東京弁護士会所属)
物流関連企業で勤務後に弁護士となる
2021年青木総合法律事務所立ち上げ
物流関連企業を含め中小企業顧問業務を担当
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