今回取り上げるのは、割増賃金に関する事案です(最判令和5年3月10日判タ1510
号150頁)。●
今回の事案は2023年に判決が出ており最新のものです。また、注目すべき点は、事業
者が労働基準監督署からの指摘を受けて就業規則を変更したが、変更後の賃金体系が労働基
準法に反すると判断されたという点です。
特にこれからの物流業界においては、人材確保のため、従業員の賃金補償という観点から
、時間外労働に対する補償を手厚くする、各種手当を充実させる、といった施策は不可避で
しょう。そういった中で、自社の賃金体系をどのように変えていくべきか、事業者は悩むと
ころだと思います。
今回の事案が参考になればと思い取り上げました。
では事案を見ていきましょう。結論から言えば、判決は会社に対して1千万円以上を支払
うよう命じています。
Aは運送会社B社でドライバーとして勤務していました。B社は業務内容に応じて月ごと
の賃金総額を決め、そこから基本給と基本歩合給を差し引いた額を時間外手当とする賃金体
系を採用していました。そうすることで、従業員の賃金総額が一定の水準に保たれる仕組み
でした。
ところが、労基署から指摘を受けたため、B社は新たな賃金体系を採用することとしまし
た。
新賃金体系では①調整手当を新たに導入●②調整手当、残業手当、深夜割増手当及び休日
割増手当の合計を割増賃金として支給●③四つの手当●のうち残業手当、深夜割増手当及び
休日割増手当は労基法37条などに定められた方法により算定●④割増賃金から残業手当、深
夜割増手当及び休日割増手当●を差し引いたものが調整手当の額--だとされました。
つまり、割増賃金という枠の中で、残業手当などが増えれば調整手当が減り、結局、割増
賃金として支給される額は一定になるという仕組みです。
さて、新たに調整手当が導入されたことは分かりましたが、問題は、新賃金体系の下で支
給される賃金総額と、旧賃金体系の時の賃金総額の水準は結局同じであったということでし
た。つまり、新たに調整手当が導入されたものの、その分旧賃金体系で支給されていた何か
が減額となっているはずでした。
裁判の中で、基本給が増加し、基本歩合給が大幅に減少し、新たに調整手当が支払われる
ことになったのだと分かりました。基本歩合給は通常の労働時間の対価として支払われるも
のですが、それが調整手当に振り替えられたように見えます。
具体的には、Aは月間で約80時間の時間外労働をしていました。これに対して支払われ
ていたのは、19カ月で基本給月額12万円、時間外手当合計170万円、調整手当合計
203万円と、調整手当が大きな割合を占めるようになりました。
このような事案で、最高裁判所は、B社の新しい賃金体系では労基法37条に定める割増
賃金が支払われたとは言えないと判断しました。理由は以下の通りです。
まず第一に、旧給与体系で支払われていた通常の労働時間の賃金は1時間当たり
1300~1400円程度であったが、新給与体系では約840円となり、水準が大きく下
がることが挙げられました。これは、基本歩合給が大幅に減少し、調整手当が増加したから
です。
第二に、Aは月80時間程度の時間外労働をしていましたが、割増賃金として用意されて
いた枠、つまり、調整手当、残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当の合計金額は80時
間をはるかに超えた長時間の時間外労働を見込んだものになっていたことを挙げています。
割増賃金の枠を設けて残業時間が増減しても賃金総額が大きく変わらないようにする仕組み
は良いとしても、想定されている残業時間が長すぎるのは、その他の意味があるのではない
かということです。
第三に、B社が新賃金体系を導入するに当たって十分な説明をしなかったという点が挙げ
られています。
最高裁は、これらの点を踏まえて、結局のところ、新賃金体系は「旧給与体系の下におい
ては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名
目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系」であり、「本件割増
賃金は(中略)通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいる」
としました。
つまり、割増賃金として用意してある枠の中には、割増賃金の性質ではなく、通常の労働
時間の賃金が含まれている、と判断したのです。
割増賃金の中に通常の労働時間の賃金が含まれてしまっている状態ですと、割増賃金とし
てどの程度支払ったかが明確になりませんし、割増賃金としての支払いは通常の労働時間の
賃金に吸収され、賃金総額は本来あるべき金額より下がってしまいます。
それでは時間外労働の抑制にもならず、従業員の賃金補償の観点からも大きな問題があり
ます。
分かりにくい事案かもしれませんが、事業者としては、就業規則を変更し新たな手当を支
給する等、賃金体系を見直す際には気を付けなければならないケースとなります。
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